社 報




第十回

和風月名
『神無月』について




 旧暦十月の異称を、『神無月』(かみなづき)ということはご承知のことと思います。
この読みを「かみなしづき」或いは「かんなづき」とも読まれています。
そこで問題になるのが、十月を『神無月』とする語源についてです。
出雲の国では十月を「鎮祭月」といわれており、古くから出雲だけは「かみありづき」といい、
十月には全国の神々が出雲大社に集まり、男女縁結びの相談をするため、
各地の神々が留守になるというのが一般によく知られている由来です。
しかし、十月と言えば全国津々浦々で秋祭りが斎行され一年の中でも、一、二番の賑わいを見せる時期です。
そんな大事な時期に地方の神々が留守をするだろうか?との素朴な疑問が湧いてきます。

 
そこで、この由来について調べて見ましたところ異説が多くありました。
@伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の亡くなられた月、即ち命日にちなむ説。
A十月は雷の鳴らなくなる月ということから「雷なし月」という説。
B「神嘗月」(かんなめづき)「神祭月」または「神の月」がカミナヅキの語源であるとする説
C十月は翌月の新嘗祭の準備として新酒を醸す月「醸成月」(かみなんづき)の意からきているという説。
D「神無月」の無は「の」の意で、「神の月」即ち神祭りの月という説。
その他の月名で、「無」がつくのは六月の「水無月」(みなづき)しかありません。
では、「水無月」はどのように解釈されているのでしょうか。諸説を紹介してみます。
@梅雨も終わって水も涸れ尽きるという説。
A@の説とは逆に田植えが終わって、田に水を張る月。「水張り月」という説。
B田植えも終わって大きな農作業が終わったという意味から「皆仕尽」または「皆尽月」という説。
C「水の月」田に水を注ぎ入れる月という説。
このように、六月も十月も諸説それぞれご尤もという気がいたします。
『国語大辞典』に「な」は「ない」の意に意識されて「無」の字があてられるが、
本来は「の」の意で「水の月」「田に水を引く必要のある月」の意としています。
自然に考えて、「国語大辞典」の説明が一番的を射ている説と思われます。
従って、「神無月」と「水無月」の「無」は「の」の意と解釈するのが妥当と考えます。
 十月の「神無月」は全国の神々が出雲に集まるということではなく、
全国津々浦々で神祭りが盛大に催される月、
神々の主役の月、即ち「神の月」ということではないでしょうか。

《参考》一月から十二月の和風月名
一月「睦月」 ・二月「如月」・三月「弥生」
四月「卯月」 ・五月「皐月」・六月「水無月」
七月「文月」 ・八月「葉月」・九月「長月」
十月「神無月」・十一月「霜月」
十二月「師走」